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熱海散策③熱海軽便鉄道7機関車

□□令和元年9月26日(木)
 (伊豆大島単身赴任 907日目)

今日もお立ち寄りいただきありがとうございます (^^♪

しばらくの間は、静岡県熱海市を散策した様子を掲載します
第3回目の今回は、熱海駅前に展示してある熱海軽便鉄道7機関車を紹介します


熱海駅前に小さな蒸気機関車が展示保存してあります
JR東日本横浜支社が指定した準鉄道記念物第1号と書いてありました
現役時代にどのような活躍をしたのか調べてみました


▽ 熱海軽便鉄道7機関車
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明治29年に開通した豆相人車鉄道という人力鉄道を引き継ぐかたちで明治40年から大正12年まで小田原と熱海を結んでいた熱海軽便鉄道に所属していた蒸気機関車です
当時の東海道本線には、まだ丹那トンネルがなく御殿場経由
温泉の街熱海には鉄道が通じていない時代です

そんな熱海軽便鉄道は、今では東海道本線の普通電車で25分で移動出来る25kmを2時間40分かけて走っていたそうです
平均時速10kmにも満たない速度です


▽ 7号機関車の案内板
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現在の東海道本線は長い隧道や高い橋梁で高速運転が可能な線形となっていますが、熱海軽便鉄道は海岸沿いを走るなど線形も悪く曲線だけではなく勾配もキツかったものと思われます
今でも走っていたとすれば、風光明媚な海岸沿いをのんびりと走る魅力的な軽便鉄道なんでしょうね
小さな蒸気機関車が海辺を走ったり、煙を吐きながら急勾配に挑む姿を想像するだけで見てみたいし乗ってみたいと思います

ところが丹那トンネルを建設し東海道本線が熱海経由となることが決定しました
そんな最中、関東大震災に見舞われ熱海軽便鉄道は廃止となってしまいました
そして廃止の翌年に現在東海道本線になっている路線が熱海線として熱海まで開通し、更にその10年後には丹那トンネルが開通し東海道本線と改められ現在に至っています

写真の7号機関車は熱海軽便鉄道廃止後、全国の鉄道建設工事で活躍したそうです
そして国鉄鷹取工場で長年標本車として活用され、昭和44年に熱海に戻ってきました
現役時代には志賀直哉の短編小説『真鶴』に「へっつい(かまど)のようだ」と描写されたほど低重心の蒸気機関車です
人力鉄道から引き継いだ地盤の弱い併用軌道の区間が長かったことから、こうした特徴のある低重心スタイルとなったとのこと

7号機関車が製造されてから110年
熱海駅前に静態保存され50年
それだけ熱海の人々から愛されている存在だということなんでしょう



最後までお付き合いいただきありがとうございました (^^)


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